【毒親と呼べない…】アダルトチルドレンの私が抱く親への複雑な思い

闇夜に浮かぶ船と月 アダルトチルドレン

こんばんは、ブルです。

アダルトチルドレンや毒親という言葉を聞くと、親に強い憎しみや反発心を抱いているイメージがあるかもしれません。

毒親と呼ぶぐらいですから、過去(もしくは現在)においてなんらかの仕打ちを親から受けたり辛い経験をしてきたのでしょう。

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毒親と過ごした幼少期から社会人までの家庭環境

私もアルコール依存症の父親とある組織に所属している母親の家庭で20代半ばまで過ごしました。
酒に酔った父親と、ヒステリックな声をあげる母親の喧嘩は日常的なもので、暴力すらなかったもののその度に心が砕かれていました。

父親は泥酔さえしなければ優しくて人柄も良い父親で、どちらかというと放任主義(母親に任せっきり)でした。

一方母親は過保護というよりかは過干渉でした。
母親が過干渉だったために、逆に父親が口出しするのをあきらめたというほうが近いかもしれません。

過干渉ということは育児放棄とは真逆で、まだそこに愛情があるんじゃないかと思われるでしょう。
確かに母親は私のことを愛してくれていました。そこに疑いの余地はありません。

ただそこには母親の所属している組織のことも絡んできました。
幼い私を組織に引っ張り、育児の背景には組織の教え・ルールが常に介在していました。

純粋に子へ注がれるべき愛情が、組織の教えを柱とした育児により条件付きの愛情になっていたのです。

組織の教えは厳格で子どもの私には窮屈に思えましたし、ルールに反することがあれば母は不機嫌になり、ヒステリックに怒り、泣き、私に失望しました。

私が成人してからも母親は変わらず、飲み会で帰りが少し遅くなったり、夜に友達と遊びに出かけるだけで恐ろしいほどの長文メールが送られてきました。
内容は、「これ以上私を悲しませるな」的なことを延々と長文で書いていました。

そこに加えて父親のアルコール依存症、夫婦喧嘩。
それは幼少期から私が家を出る20代半ばまでずっとずっと続きました。

もう頭がおかしくなりそうな時もありましたし、心の内ではいつか絶対に家を出てやると毎日のように考えていました。

どうやって親元を離れたか、具体的に私の取った行動については下記の記事をご覧ください。

過干渉な親元を去ってからの気持ちの変化と複雑な思い

20代半ばで親から自由になり一人暮らしを始めた私は、解放感に満ち溢れていました。
毎日毎日ガミガミと干渉してきた母親がそばにいなくなったことと、夫婦喧嘩を目の当たりにしなくてよくなったことは私にとって救いでした。

組織との付き合いはまだ続いていたものの、一人暮らしを始めて1年も経たないうちに組織から離れることになりました。

そこで私は何もかもから解放され、「本当の自由とはこういうことか」と身に染みて感じたのを覚えています。
経験がないのでわかりませんが、たぶん長年刑務所に入っていて出てきた人と感覚的に近いものがあるかもしれません。

しかし、組織から去った関係で母親は私に連絡をしてくることもなくなり、親との関係はというと父親とたまに電話で話す程度になったのです。

20代半ばで親との結びつきというものはなくなりました。

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親への申し訳ない気持ち

そこから先は私も仕事で苦労したり、上京したりといろんな経験してきました。
そして結婚もし、子どもも生まれました。

親元を離れて10年の月日が経ったのです。
これまでにいろんな感情が私の中で駆け巡りました。

母親は片親家庭で育ち寂しい思いをしてきましたし、自分のそばに子どもを置いておきたいという気持ちがあったのでしょう。
母もまたアダルトチルドレンだったかもしれません。

父親も定年を迎え、日に日に老いていっていることでしょう。
何も恩返しができていない自分がいます。

長い期間離れていると、嫌だったことへの感情は軟化していき、楽しかった思い出などがよみがえることの方が多くなります

月日が流れるということは、私自身は歳を重ねていい大人になる一方、親はどんどん年老いていくわけです。

つまり、心が成熟していく自分に対して衰退していく親を考えた時に、曲がりなりにもここまで育ててきてくれた親に感謝せずにはいられませんし、弱った親を見ているとこの先の人生で恩返しできればと考えることもあるのです。

しかし、この申し訳ない気持ちの背景にも、親の期待に応えられなかったというアダルトチルドレン特有の感情が存在しているのかもしれません。

そのように考えると、今私がこういう気持ちでいるのは恐らく私自身が寂しさを感じているだけなのかもしれないということです。

もし仮に以前のように親と一緒に住むなどということがあった時、子どもの時のようにバチバチと喧嘩をしたり怒られたりすることはないかもしれませんが、それでも縛られている感じがつきまとうのは避けられないでしょう。

まとめ

親と離れて10年という月日が経ちますが、私と親の関係は時間が解決してくれるものではない事情があります。

それでもこれだけの年月が経てばやはり考え方は変わります。

  • 親と遠く離れて暮らしている
  • 親元を離れてから長い年数経っている
  • 親が歳を取って以前ほどの力がなくなった
  • 自分自身が成長した
  • 自分に子どもができて親の気持ちがわかるようになった
  • 関係が良好だったころを懐かしむようになった

上記のような環境の変化により、私も親も丸くなった結果、お互いが寄り添いやすくなるのかもしれません。(親が丸くなったかどうかはわかりませんが、年老いていっていることに違いはありません。)

親が生きている以上、いずれまた親との関係と向き合わなければならない時が来ます。
その時が来るのは正直怖くもありますし、考えたくもありません。

しかしその時は必ず来ます。
どんな形でその時を迎えることになるのかわかりませんが、心穏やかに事が進むことを願っています。

あまり触れたくない、考えたくない親とのことについてだとうまく文章に出来ず申し訳ありません。
親との向き合い方については下記の記事にも載せていますのでそちらもご覧ください。

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