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他人の不幸が落ち着く人が人の幸せを喜ぶことができるようになるか

サングラスをかけて笑う女性 アダルトチルドレン

こんばんは、ブルです。

他人の不幸は密の味」という言葉を聞くと、なんて性格の悪いひねくれ者なんだという印象を持つかもしれません。

イメージとしては、「ほらみたことか、ざまあみろ!」と陰でほくそ笑んでいる人です。
私も他人の不幸や苦労話、闇が深い話には興味津々で食らいついていく人間です。

誤解がないように先に伝えておくと、厳密には私は他人の不幸が「好き」なのではなく、どちらかというと他人の不幸で「安心」するタイプの人間です。

いずれにせよ他人の不幸話に前のめりな人というのは、恐らくですが「自分は幸せだ」と心から胸を張っていえる人は少ないのではないでしょうか。

そして、他人の不幸話を喜ぶ自分をわかっていながら、「自分は最低な人間だ」と自己嫌悪に陥る人もいます。

そういう人はこんな疑問を抱きます。

  • どうしたら他人の幸せを素直に喜ぶことができるんだろうか
  • そもそも他人の幸せを心から祝福できる人など本当に存在するのだろうか

このように懐疑的である人は、恐らく自分に自信がなかったり、心からの幸せを感じられていないことでしょう。

私も上記のタイプです。
素直に喜べず、褒めたりお祝いの言葉を述べながらも自分の顔がひきつっていることに気づくほどです。

では、本当に他人の幸せを素直に喜ぶことができるためにはどうすればいいのでしょうか。

結論から言うと、私は今でも他人の幸せを素直に喜ぶことができません。
ただしそれができるようになった時、間違いなく今よりはるかに幸せでいられると思い、本を読んだりネットで調べて自身を変革できないかについて調べたのです。

今回の記事は私が問題を克服できた話ではなく、学んだことの共有になりますので、あらかじめご了承ください。

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私が他人の幸せを心から喜べなくなった原因と導き出した解決法

自然な笑顔でたたずむ女性

他人の幸せを喜べない原因として、幼少期からの家庭環境も大きく関係しているといわれています。

私は小さい頃から白か黒かしかないという教育のされ方をしていたため、気づいた時には完璧主義になっていました。

完璧主義は何を生み出すか。

  • 〇〇だからあの人はきっと幸せだろう
  • 〇〇だからあの人はきっと不幸に違いない

こんな二極化した偏った考えしか抱くことができないようになったのです。

しかも、自分と他人を比較して「あの人は私より幸せだ」、「あの人は私より不幸だ」と線を引き勝手な格付けを始めるのです。

その結果どうなったか。
自分より不幸な人を探したり、不幸な話を探して見るようになったのです。

闇の深いニュースを好んで見るのも、「自分より不幸な人がこんなにもたくさんいる、だから自分はまだ幸せな方なんだ」と言い聞かせるためでした。

他人の不幸が自分の自尊心を保つための手段になってしまっているのです。

一方、幸せな人や幸せなニュースというのも一定数存在します。
そんな幸せな人を見たり幸せな話を聞くと、逆に自分の不幸さが際立ち、自分は劣っている、自分には価値がないと極端な考え方に陥ってしまうのです。

知らず知らずのうちに自分より幸せ(格上)な人を自分の胸の内で排他して、自分より不幸だと思う人を探してその人より優位であることを示すことによって精神の安定をはかろうしているのです。

自分より不幸だと思える人を探して自分を幸せとする考え方では、いつまで経っても本当に幸せになることなどできないことは明白です。

他人は他人、自分は自分。幸せか・不幸かを決めるのは自分

大変な子ども時代や過去を過ごしてきた人でも、現在は幸せだという人はたくさんいることでしょう。

はたから見たら不幸せに見えたとしても、当人からしてみれば不幸さなどこれっぽっちも感じていないかもしれません。

けっきょく自分が幸せか不幸かは自分が決めることで、他人が判断することではありませんし、他人の胸の内がわかるはずもありません。

であれば、上っ面の出来事やその人の状況を見て人が幸せなのか不幸かを判断することは非常に愚かしいことです。

無理に他人の幸せを喜ぶ必要もない

心から他人のことを喜ぶということは、意識しなくてもそれができるということですから、この問題に悩んでいるうちは無理をする必要はありません。

努力してすぐにできるようになるものというよりは、長い時間をかけて気づいたらそうなっていたという風になれればそれは本物でしょう。

心から喜べないのに自分に嘘をついて作り笑顔で対応することで、自尊心が傷つき自己嫌悪に陥るため幸せからどんどん遠のいてしまいます。

幸せに一歩近づくためにできること

他人の幸せを喜ぶ方法を本やネットで調べると、「自分を肯定する」とか「ありのままの自分を愛する」とか書いていました。

ただ、私としてはそれができないから困っているんだろうと思ってしまうのです。
つまり、幼少期から築かれた自身の気質や性格というのを変えるのは相当困難なことということです。

他人と自分を比較するなと言われても無理です。いつも比較してしまいます。
開き直るわけではありませんが、それが「今の」自分なのであれば、それいいんです。

幸せは自分で掴むもの、とよく言います。

であれば、自分が不幸と思っているものに対して寄りかかっていく自分の傾向を正すことから始めたほうがいいのかなと思いました。

具体的には、

  • 他人の不幸な話に積極的にかかわらないようにする
  • 好奇心をくすぐる不幸や闇を取り上げたニュースを見ない
  • ネガティブな思考の人より、ポジティブで幸せを感じていそうな人と普段から接するようにする

私の場合自分を見失い、時として何が幸せなのかよくわからなくなることがあります。
そんな時に不幸の側に自分から寄っていく傾向から「幸せ」寄りにいる人に近づくことで得られる幸せのヒントもあると思うんですよね。

幸せそうにしている人ってはたから見ていてなんとなくわかるはずです。
なかなか近づくのに抵抗はありますが、その人が普段からどういう行動をしているか、どういう言葉を口に出しているか、仕事やプライベートはどうなのかについて聞いて参考にするのもいいかもしれません。

ただひとつ注意したいのは、幸せの尺度は人によって異なるということです。
1人の意見だけ聞くよりも、偏らないようにいろいろな人の意見を聞いてみたほうがいいですね。

幸せに一歩ずつ近づけるよう前進していきたいものです。

アダルトチルドレン
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繊細さんの自己紹介
ブル

HSS型HSP(スコア114)とアダルトチルドレン。四国の片田舎育ち⇒20代半ばで上京⇒現在30代半ばで家族とともに東京在住。繊細で好奇心旺盛なことから仕事が長続きせず、すでに9回の転職を経て現在10社目。不安の強いHSPが生きやすく、働きやすくするための気づきを発信しています。特に私にとって最大の悩みの種である【仕事】について日々考える。※ブルは雄牛の意。穏やかで力強い雄牛のようになりたい人。Twitterやってますので気軽にフォローしてください!

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